東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)77号 判決 1965年4月27日
原告 横山武好
被告 特許庁長官
主文
昭和三十三年抗告審判第一、四九七号事件について特許庁が昭和三十八年五月二十日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告代理人は請求の原因として、次のように述べた。
一、原告は昭和三十一年五月二十三日その考案にかゝる「TU型コンクリートブロツク」について、実用新案登録を出願したところ(昭和三十一年実用新案登録願第二五、四一四号事件)、昭和三十三年五月二十六日拒絶査定を受けたので、昭和三十三年六月二十九日右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和三十三年抗告審判第一、四九七号事件)、特許庁は昭和三十八年五月二十日原告の本件抗告審判の請求を却下するとの審決をなし、その謄本は同年六月二日原告に送達された。
二、右審決の理由は、「当審において審理した結果釈明の必要を認めたので、昭和三十七年九月十一日付で審判長名により期間を指定して訂正書を差出すよう指令したところ、抗告審判請求人はこれに応答しなかつたので、昭和三十八年一月二十一日付で審判長名により期間を指定して前回の趣旨に沿う訂正書を差出すよう指令を発するとともに、この指令に対しても何等応答のないときは、本件請求人はもはや本件請求の意思がなくなつたものと認める旨付記したが、抗告審判請求人はこの指令に対して指定期間を経過しても何等応答をしていない。以上の経過からみて、本件抗告人はもはやその請求の意思を失い原査定に不服でなくなつたものと認めるに足りるので、結局本件抗告審判の請求は不適法になつたものと認める。」としているのである。
三、しかしながら、審決は次の理由により違法であつて取り消されるべきものである。
およそ抗告審判は、査定に関する査定官の審査意見と、これに対する出願人の考案上の意見との可否優劣とを比較考量の上、出願にかゝる考案の新規性の存否について審決されてこそ初めて審決となることは、ひとり司法上の判断のみならず、行政上の判断においても普遍妥当性をもつものである。しかるに審決は、原告代理人が審決に記載したような指令書を受領しながら訂正書の差出を懈怠したからとて、応答がないとの一方的判断のみをなし、次に述べるような、原告が抗告審判請求書にて陳述した申立理由及びその後差出した訂正明細書及び書面に対して何等の審判をもしないのは違法である。
すなわち原告は前記抗告審判請求書において五項目に亘り、査定が引用した公知案と本件考案とが相違するものであることを述べ、なお他の公知案十九件をも列挙して、本件実用新案の理論と根拠とを陳述し、証拠として公知案十九件の謄本、説明書、使用箇所写真、見本等を添付提出した。次いで昭和三十七年四月十九日には同年三月六日付の審判官の訂正差出方の通知書に対し、訂正説明書(以下第一項訂正説明書という。)及び図面を提出し、また同年三月十日には実施成績の写真を差出し、参照審判方の申出をしておる。
審決書記載の第一及び第二の訂正指令書は、原告代理人方において事務員の交付等があつたため、書類の整理を怠り、これに応答する期日を徒過したもので、原告はこの点については責任のあることを認める。しかしながら特許庁側においても、原告の抗告審判請求書及び第一次訂正説明書とを受理したればこそ、右第一及び第二の訂正を求められたものであるから、審判請求人がこれに対して応答を怠つたときは、抗告審判請求書及び第一次訂正説明書に基いて、拒絶査定の当否を決定せられる義務があるものである。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。
一、原告主張の請求原因一及び二の事実はこれを認める。
二、同三の主張はこれを否認する。
抗告審判請求人はその請求時のみならず、審決時においても、なお原査定に不服であることが必要であり、拒絶査定に不服で抗告審判を請求したとしても、その後において査定に不服でなくなつたと認められる場合には、その請求はもはや要件を失い不適法なものといわなければならない。
本件抗告審判の審理の過程において、釈明の必要が認められたので、審判長より審決記載の訂正指令書により、再度に亘り指示が与えられた。これらの指示に応じて所要の釈明をなすことは、抗告審判請求人がなお査定に不服である限り、当然の責務であるにかかわらず、抗告審判請求人はこれを怠り、抗告審判の審理進行に協力しなかつた。ことに第二回の指令書において、該訂正指令に対して何等の応答がなされないときは、審判請求人はもはや本件審判請求の意志がなくなつたものと認める旨注意されたにもかかわらず、抗告審判請求人はこれに対し何等応答しないので、このような事情である以上、抗告審判請求人がもはやその請求の意思を失い、原査定に不服でなくなつたものと認められ、従つてその請求が不適法のものと認められたのは当然である。
三、いまここに右訂正指令を発するに至つた事情をやや詳細に述べるに、原告が昭和三十七年四月十九日付で提出した第一次訂正説明書においては、
(一) 考案の名称が「TU型コンクリートブロツク」であるが、内容はこれらブロツクを使用した擁壁であつて、両者は喰い違つている。
(二) A、C二種のブロツクの構造が明確に記載されていない。
(三) A、C二種のブロツクをどのように積んでどのような構造の擁壁にしたのか明確にされていない。
(四) A、C二種のブロツクを使用した点の効果が明瞭に記載されていない。
前記(一)の名称が誤記で、本件考案が擁壁に関するものであるとしても、(二)、(三)のようにその構成に関する記載が不明確では、いわゆる考案の要旨を正確に把握するのが困難であり、また(四)のように効果に関する記載が不明瞭では公知例との比較も適確には行えないから、この面でも審理の停滞は到底免れない。ことにT型及びU型のブロツクに関する公知例を引用し、これらを組み合せて擁壁を構成した点に考案がないとして本件出願を拒絶している査定の適否を判断するにしても、右(三)及び(四)に関する明瞭な記載に基いて、その考案の要旨を把握することはどうしても必要である。
また、前述のような不完全な記載を図面の記載などを頼りにして、請求人に最も有利に解釈して本件考案が登録されるべきものと判断されたとしても、このままで出願公告の決定をなすことは将来技術範囲の問題などでトラブルを起すおそれのある権利設定をすることに繋るから、その訂正がなされない以上出願公告の決定もなし得ないことになり、この場合にも審理は停滞する。
そこで審判長は審決記載のような訂正指令を行い、請求人が審理に協力することを期待しながら、指定期間経過後二カ月以上を待つたが、請求人はこれに対して何等応答しなかつた。
当時の状況を判断すると、請求人の訂正書の提出が果して何年後になされるか予測できず、極言すれば永久に訂正書が提出されないかも知れないような事態も考えられた。したがつてこのまゝの状態では、審理を進行させることが全く不可能であり、そのため後願の実用新案登録出願等にも少なからぬ悪影響を及ぼすものと思料されたので、審判官としては止むを得ず抗告審判請求の意思がなくなつたものであり、従つて旧実用新案法(大正十年法律第九十七号)第二十五条の規定に違背すると認定し、審決によりその請求を却下したものである。
第四証拠<省略>
理由
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は当事者間に争いがない。
二、右当事者間に争いのない事実と弁論の全趣旨とを総合すると、本件事案はこれを一言につくせば次のようになる。すなわち実用新案登録願の拒絶査定に対して抗告審判を請求した原告は、審判長の再度にわたる訂正指令、しかも二度目のものには、「本訂正指令に対しても何等応答のないときは、本件請求人はもはや本件請求の意志がなくなつたものと認める。」と附記されたものに対し、何等の応答もしなかつた。この場合、審判官は、「本件抗告審判請求人はもはやその請求の意思を失い、原査定に不服でなくなつた」ものと認め、抗告審判の請求を不適法のものとして却下することができるかどうかである。もとより抗告審判請求について審決をするには、審決時においても原査定に不服で審判を請求する意思があることを必要とすることは、被告代理人の主張するとおりであろう。しかしながら抗告審判請求の取下、登録願の取下等法律の規定する手続による場合は別として、一旦適法になされた抗告審判の請求について、抗告審判請求人が審判を請求する意思がなくなつたとするにはこれを是認する何等かの法律の規定があることを必要とし、単なる請求人の態度、ことに訂正指令に応答しない等の不作為の状態だけで「請求の意思を失い査定に不服でなくなつたもの」とすることはできないものと解するを相当とする。そしてこのことは該訂正指令に前述のような附記があるとないとによつてその結論を異にするものではない。
被告代理人は、訂正指令を発するに至つた事情を詳細に述べ、原告の提出した第一次訂正説明書には答弁三において述べた(一)ないし(四)の不明確な点があり、その訂正がなされない以上、審理を遂行させることは全く不可能で、審理の停滞は到底免れ得ないものであると心配するようであるが、審判長において説明書が考案の内容を明確に開示しないものと認め、これに対し訂正指令をなしたのにもかかわらず、出願人がこれに対し何等の応答をもしないような場合には、審判官はそのような考案の内容を明確に開示しない出願に対しては、これをそのまま拒絶することができるし、また拒絶しなければならないことは、新規の技術の開示に対してのみ独占権が付与される特許権、実用新案等の性質上当然のことであつて、そのため審判官は答弁三に述べた幾多の不都合な事情のもとにおいて、なお何時なされるかも知れない訂正書の提出をむなしく、被告代理人の表現をかりれば、「永久に」待つような必要は全然ないから、被告の右の心配は拠りどころのない心配といわなければならない。もとより抗告審判請求人である原告代理人が、たとえ事務員の交代等の事情があつたとはいえ、再度にわたる審判長の訂正指令書に対し、これをそのままに放置し、何等の応答をしないようなことは、決して代理人としての責任を果たしたものとは到底いい得ないが、かかる代理人の不注意、非協力のゆえをもつて、審判請求人が拒絶査定に不服でなくなり、審判請求の意思を失つたものとすることができないのは上述したとおりである。
以上の理由により、原告の抗告審判の請求を不適法として却下した審決は違法であるからこれを取り消し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。
(裁判官 原増司 三宅正雄 荒木秀一)